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日本から世界のクラブへ。横浜FマリノスとCFGの関係を徹底解説

Jリーグ実例
こんな方におすすめ
  • 横浜Fマリノスの躍進の理由を知りたい方
  • CFGについて興味関心がある方

2019年度Jリーグで圧巻の攻撃力で優勝した横浜Fマリノス。

サイドにボールが渡れば仲川選手がカットインをしてシュートまで持ち込み、中方からはマルコス・ジュニオール選手が創造性あふれるプレーでゴールを演出しました。

アタッキングフットボールにふさわしいプレーをし続け優勝をし、多くの人を魅了しました。

その後も横浜Fマリノスは攻撃的サッカーで2021年2位、2022年優勝、2023年2位とリーグ屈指の成績を残し続けています。

しかし、この優勝までに多くの試練があったことをご存知でしょうか?

今回は優勝をするために横浜Fマリノスがどのような経営改革を行ってきたのかを見ていきたいと思います。

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CFGとの契約

横浜Fマリノスというと長年優勝争いをしてきた印象を持ちますが、実は2004年以降優勝から遠ざかっており、これといった目立った成績を残せていませんでした。

また経営面でも日産自動車から多大な有形無形のサポートを受けていたこともあり自立した経営ができていませんでした。

そんなときJリーグ全体を驚かすニュースが流れました。

それは横浜Fマリノスがあの世界的にも有名なシティ・フットボールクラブ(CFG)と資本提携を結ぶことになったのです。

いきなりCFGと言われても何が凄いか分からないと思うので、まずはCFGについて説明させてください。

そもそもCFGとは

CFGとは、アブダビユナイテッドグループ傘下のサッカー事業グループのことです。

そもそも成り立ちはマンチェスターシティがアブダビユナイテッドグループに買収されたときから始まりました。

その後、2013年にはMLSのニューヨーク・シティがその一員となり、2014年にはAリーグ・メンのメルボルン・シティが加わりました。

その後も、日本、中国、スペイン、ウルグアイとCFGネットワークは広がっていき、今では10チームのクラブをを運営するグローバル事業グループとなりました。

日本の横浜FマリノスがCFGの一員となったのは2014年のことであり、当時は4チーム目のクラブでした。

この資本提携には、横浜Fマリノスの親会社である日産自動車とCFGがグローバルパートナーシップを締結させたことが大きく関係しているようです。

CFGと資本提携を結ぶメリット

全章でCFGがどのようなグループなのかと言うことはわかったかと思います。

ここではCFGの一員になることでどのようなメリットがあるのかを見ていきましょう。

一番のメリットはCFGがもつネットワークの広さです。

先ほども述べましたが、CFGはヨーロッパからアメリカ、アジアやアフリカと世界各国に提携しているクラブチームがあります。

そして各国にはカントリーマネージャーと呼ばれる責任者が配置されており、外国人選手の獲得やスポンサー企業の営業が“グローバル企業”として成立することができるのです。

つまりわかりやすく言うと、日本のJリーグでプレーをしていても、うまく行けばプレミアリーグのマンチェスターシティにいくチャンスがあるので、それだけいい選手が集まりやすくなるのです。

実際に横浜FマリノスもU21ブラジル代表で10番を背負っていたアデミウソン選手の獲得に成功しています。

このように、CFGネットワークを活用して経営面から選手獲得まで幅広いメリットがあるのです。

CFGが参入して行なった大改革

まず、CFGが横浜Fマリノスに参入して行なった改革が3つあります。

  • クラブの意思決定能力の向上
  • アタッキングフットボールの確立
  • クラブの意思決定能力の向上

これは横浜Fマリノスに限らずJクラブ全体にも言えることですが多くのJリーグクラブが選手や代理人、またそれに呼応したメディア、サポーターの意向に影響を受けやすいとい欠点があります。

もちろんこの考え方がチーム愛や地元愛を生み出し、チームが一致団結するきっかけにもなるのですが、経営面だけを見れば決してプラスなことばかりではありません。

チームスタイルに合わない選手や年棒の高い選手を放出できなかったり、クラブの方針がぶれてしまうこともあります。

当時の横浜Fマリノスは、中村俊輔選手を筆頭に中澤裕二選手、小林祐三選手、兵藤慎剛選手など黄金世代を支えた選手が多く在籍していました。

その分チームの平均年齢は非常に高く、横浜Fマリノスが目指そうとしていたサッカーの実現は難しい状況でした。

そこで行なった改革がこれらレジェンドの放出でした。

中村俊輔選手の退団が発表されたときは、サポーターから大バッシングが起き、チームとサポーターは真っ二つに分かれてしまいました。

多くのメディアがこぞって“名門の崩壊”“終わりの始まり”“CFGに屈したクラブの横暴”と報じたことは今でもよく覚えています。

しかし、その後の横浜Fマリノスのサッカーは格段に変わりサイドから鋭い攻撃を見せるサッカーに変わっていき、2017年シーズンは5位という成績を残し、その2年後には優勝という成績を残しました。

アタッキングフットボールの確立

今のアタッキングフットボールを確立した人物は誰かと聞かれるとどうしても、優勝した時に監督を務めていたアンジェ・ポステゴグルーが注目されます。

しかし、この優勝の布石は2015年から続いていたのです。

当時2015年に監督に就任していたのはエリク・モンバエルツでした。

モンバエルツ監督は3シーズン横浜Fマリノスを指揮しましたが、あまり目立った成績は残していません。

しかし、モンバエルツ監督はクラブ内でも高く評価されています。

それは、今の横浜Fマリノスサッカーを確立するための基盤を確立したからです。

目指すプレーモデルを浸透させていく中で、そのプレーモデルに合う・合わないを評価し、選手の入れ替え、チームの若返りを実現したのです。

つまり、モンバエルツ体制とポステコグルー体制は連続しておりその結果、優勝という成績を残すことができたのです。

まとめ

横浜FマリノスはCFGと資本提携をしたことを皮切りにクラブの経営方針を大きく改革させていったことがわかりました。

またCFGという巨大組織が付いていても優勝までの道のりは決して楽な道のりではなく、時にはサポーターとぶつかったり、選手から恨まれたりと紆余曲折な道のりでした。

今まさに横浜Fマリノスは最も世界と近いクラブと言えるかもしれません。

今後の横浜Fマリノスがどのようなチームになっていくのか楽しみで仕方ありません。

その他のJリーグクラブの実例を知りたい方はこちらをご覧ください。

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